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日々徒然に

病み闇ブログ。常に情緒は不安定。

なんで生きてんだろ

  小学生の頃から自殺願望がありました。飛び降りをしようか、手首を切ろうか考えてました。イジメにもあうし、両親にも辛さが伝わらない。


  辛いことが多かったように思います。


  中学でリストカット、しばらくその癖は抜けませんでした。切ってる間は無心になれるからです。 


  恋愛も辛い現実から逃げる口実、セックスは私なりの支払いのような感覚でした。


  一時期出会い系にもハマり、危険なんてどうでもいいとさえ思ってました。そりゃ怖いけど、本能がそうしてるだけで、もう死にたかったから。誰かとあえばお金は貰えるし、全てがどうでもよかったです。お金を貰えれば母から貰わずにすむから、生きてることにこれ以上罪悪感を抱かずにすむ。頻繁に利用していました。


  が、なんとまぁ運良く生きていました。うっすらと、これは生きろ!ということなのかなと思いました。生きてよ、という人の出現により、なんとかそのおかげで心を癒していた気がします。根気強く付き合ってもらったおかげで、一年半も経てば出会い系をやめるようにもなりました。


  リストカットもいい加減大人だし、とタバコをやめるような気持ちで辞めたものの、今度はタバコを吸って無心を得ていました。



  何度心を立て直しても現実は容赦なく、大変でした。自殺をするってとても大変なことだし、高いところは怖いし、カッターでは深く切れないし、ズルズル生きていました。



  そんな私でも20を超えると本気になる時がありましたが、その度に誰かが現れ「生きろ」と言いました。こりゃ、生きてていいということなんだな、と解釈しました。

  

  実家で1人留守番をしてる時、今だと思った時もありますが、パートに出かけていった母のことを思うと、無駄な後悔とバッシングを受けさせてはいけないと自力で思い留まるようになりました。


   

  そして底辺を這うようにして生きてきました。惨めで苦しくて開き直るしかないこともたくさんありました。



  だから「生きてさえいれば!」とか「死ぬこと以外たいした問題ではない!」とかすごく酷い言葉だなと思います。大変だし惨めだし、そんな血反吐を吐くように生きてる現場の人に対し、随分軽く言うなぁ、中身知っててそれ言ってるの?どのくらい快適な環境で知ったかぶりしちゃってんの?とか思うわけです。



  死なないから大変なんですよ、生きてるから辛いんですよ、生きていたくても無理だと実感するたびに惨めで情けなくて泣くしかできないんですよ。


  それでも運良く生き延びているから、向き合わなければならないこともたくさんで、大変なんです。


  最低限のラインを高々と「それでもオッケー!」と掲げるのなら、その生活を自分で体験してみろ。と、言いたくなります。


  なんとかなる!と言うのは変だよ。なんとかしてきた各々で感じ取るものではないでしょうか。