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日々徒然に

病み闇ブログ。常に情緒は不安定。

捉え方の違い

  人生捉え方の違いで産まれる温度差や距離感は多い。


  例えば私が


「今から島に移り住む」


と、家族に放浪の旅に出る旨を伝えるとする。荷物も必要最小限、貯金もわずか。家族でなくてもこう言うでしょう。



「どうするつもりだ!」



  そこに行ってなにが変わる!

(少なくとも環境は変わりますね)


  生活はどうするんだ!

(生きてりゃそれだけで生命活動できてます)


  将来どうするつもりだ!

(末長く暮らしていければと思ってます)



  老後は生きていけるのか!



  だんだんコントになってますね。今が辛くて、今が生きていけなくて、今から抜け出したくて、私の前にはお気楽な逃げも道もなにもない。



  ただ死ぬか生きるかの選択でしかない。



  そこに、それ以上も以下もない。ここでは生きていけないから、自殺する前にちょっと違う方向で頑張ってきます。


  と、言ってるだけなのに、なぜ今を土台とした延長線上の話しかできないのか。



 私はそれを捨てる、と言ってる。


  飛び降りる前に飛行機に乗ると言っている。



  まわりはわかってない。私が夢と希望を求めて旅立つのだと理解しているから、それは叶わないと忠告しているのだ。




  私はそんなところから抜け出し、ただ息を吸いたいと言っている。ここでは苦しくてたまらないから。周りを全否定してるわけだから、到底理解してくれるとは思っていないし、それも仕方ないことだろう。


  


  周りは今を持続させれば安心安定、いつか全てがどうにかなる!と、思い込んでいる。大抵それでどうにかなってきたから。ただ、私はその大抵の中からはみ出している。


  

  私が現状維持するということは、虫歯を放置しているようなものだ。


  悪化こそすれ良くなることはない。




  大抵大丈夫の中に私はいない。